
1998 / soup disk
masahiko okura : alto sax, percussion
youji ishii : guitar, alto sax, mandolin, flute, percussion
taiji takahashi : bass, violin, percussion, samples
tadashi kumada : drums, percussion,fender rhodes, buzz
1. time table
2. pin/pon
3. #2
4. peace lights (short hope)
5. sona baccana??
6. #3
7. armath
8. spring
9. pin/pon
10. gnuman on the Hhll
11. yuppie odori
12. waltz for moon
13. #1
composed by masahiko okura(1,7), youji ishii(4,8,12), taiji takahashi(2,3,6,13), tadashi kumada(5), gnu( 11)
recorded at Laser Boy by A/sk
10月 7th, 2008
1997~1998
大蔵雅彦 masahiko okura : as.
石井洋次 youji ishii : g.
高橋タイジ taiji takahashi : b.
熊田央 tadashi kumada : ds.
A(ア)のマービンが仕切っていた三宿のクラブ”Web”でのセッションや、John Zorn’s Cobraイトケン部隊で顔を合わせていた大蔵、熊田、高橋の三人により97年頃に結成される。熊田、高橋は当時はhi-SPEEDのメンバーで、私はDubSonic関連のほかカナイタダヒコ(As, Colored Ricemen)とSunKingというバンドをやってました。ギターの石井洋次はPsychedelic Crazy Horse というハーモロディックなトリオでの演奏に惚れた私が声をかけました。彼はGnuの初期にいい曲をたくさん提供してくれて、私の曲作りとGnuのバンドサウンドにはいまだに彼の影響があると思います。当初はアーサー・ブライスのようなフリーでちょっとエスニックなエレクトリックジャズファンク+レコメンのような音を私をイメージしていましたが実際はどうだったか。初ライブは高円寺ペンギンハウスで、対バンはミドリトモヒデさんのWeed Beats、広沢リマ哲さんのStrange Weather Report。初期の頃はまだ持ち曲が少なかったので、Roland Kirkの”Black Crazy Blues”、John Tchikaiの”One Way Ticket”、”Coffee Beans”なども演奏していた。バンド名は西アフリカに生息する草食動物から借りました。当時はGNU/LINUXはおろかインターネットの存在さえ知らなかったので、こんな検索しにくい名前を付けてしまった次第です。このメンバーで今はなきLaser Boyでファーストアルバム”Gnuman”を録音しました。レコーダーはADATで、まだ編集なし一発録りです。Laser Boyは津田沼にあったプライベートスタジオで、レイヴァー、ロッカー、その他地元のユニークな方々が出入りする面白い場所でした。
1998~2000
大蔵雅彦 masahiko okura : as, bcl.
高橋タイジ taiji takahashi : b.
イトケン itoken : ds.
塚本真一 shin-ichi tsukamoto : key.
方向性の違いから石井が脱退し、ドラムスがバンド発足当初から縁のあったイトケンに変わり、数回トリオでライブを重ねたのちに塚本真一が加入します。この頃から私は作曲にシーケンサーYAMAHA QY300を使うようになり、打ち込みで作った楽曲をダイレクトに実体化するべく鍵盤奏者を探していました。塚本真一と初めて会ったのは彼がアレンジャーとして参加していたアメフォンの録音セッションで、オーネットの”Science Fiction”を思わせるホーンアレンジが印象的でした。その塚本と、譜面と変拍子に滅法強いイトケンの加入により楽曲はより確定で書かれた部分が多く、より複雑なものになっていきます。この頃はペンギンハウスで隔月くらいでライブ企画をやっていました。この頃は君島結(ex.Gaji)のユニット、SachikoM中村としまるデュオ、杉本拓のMongooseなど、バンドっぽくもジャズっぽくもない方々に対バンをお願いすることが多かったと記憶しています。セカンドアルバム”Midnight Breakfast”はこのメンバーで再度Laser Boy にて録音されました。レコーダーはRoland VS1680です。このアルバムでは初めてミックスダウンを自分でやりました。今でも愛用しているAvalon Design VT747というコンプレッサーを買い、各トラックから2ミックスまでほとんど全ての音に使っています。ジャケット写真は熱海の海岸です。
2000~2001
大蔵雅彦 masahiko okura : as, bcl
イトケン itoken : ds.
塚本真一 shin-ichi tsukamoto : key.
種石幸也 yukiya taneishi : b.
高橋が脱退し、本間ENZOさん(Vo, Ds.)率いる中央線系ファンクロックバンドU.M.A.で知り合った種石幸也が加入します。重心が低いノリの種石の加入により、バンドサウンドのりズム表現の幅が拡がりました。U.M.A.は色々な人が出入りする大所帯バンドで、Deep Countのノブさん(Mic, Tp.)がゲストに入ったこともありました。Laser Boyオーナーのケンさんもこのバンドが縁で知り合いました。
2001~
大蔵雅彦 masahiko okura : as, bcl.
イトケン itoken : ds.
塚本真一 shin-ichi tsukamoto : key.
種石幸也 yukiya taneishi : b.
熊田央 tadashi kumada : ds.
リズムの更なる強化を目指し初代ドラマー熊田を呼び戻してツインドラムス編成となり現在に至ります。シーケンサーによる作曲とふたりのドラマーの組み合わせは強力で、バンドとしての能力は私の目論見を超えて飛躍的にに拡大しました。今でもこの編成には全く飽きていないし、まだやっていないことはいくらでもあると感じています。5人編成になってからの初ライブは2001年9月11日の直後でした。この日は以前の曲を演奏する気になれず、共にまだ半分しか完成していなかった”Boneless”と”Human Oil”の2曲だけを演奏しました。このメンバーで2002年にサードアルバム”suro”を三たびLaser Boyで録音します。レコーダーはPowerMacG4+ProToolsLEになりました。熊田を除く4人で同時に演奏したテイクに熊田がオーバーダブするという方式で作られています。このアルバムからミックスは私と大蔵雅恵の共同作業になりました。
2006年には4枚目になる”event”をONKIO HAUSで録音。初のセパレートブースによる同時録音です。そしてまたしても検索しにくいタイトルです。
masahiko okura 大蔵雅彦